2021年5月2日日曜日

四国お遍路 4日目

 令和3年5月2日(日)晴れ

 今日は朝起きると晴れ。

 疲れていたが、6時半にご飯。

 ママは張り切っている。

 ご飯を食べた後、出発。


 ここに泊まっていたおじさん。

 神戸から来たという。歩きお遍路。

 ひとりで。

 山のほうに白装束を着て歩いて行った。


 ママが室戸岬に行きたいと強くいうので行くことにした。

 二十四番 最御岬寺 のお札を忘れたので、それが欲しいのだろう。

 燈台へは行けなかったと思うが。通行禁止。

 14分で到着するので、行ってみる。

 行くとやはり二十四番と同じ場所。

 昨日と同じ場所に止めてちょっと先まで行ってみる。

 道路が崩落したため、立ち入り禁止。

 しかし、ママはブレイブなのでどんどん進んでいった。

 小生が「やめたほうが良い」と言ったが、聞かない。

 行くと、道路が3分の1ほど崩れていた。

 そこを避けてちょっと進むと灯台に着いた。

 絶景である。天気も良い。

 来た甲斐があった。珍しくママの筋良しである。

 あと、二十四番も改めて見た。

 天気が違うとまったく違うように見える。

 

 太子堂で、すごく貴重なものを見た。

 今日は1年に一度のご開帳の日であるが、ママが中にいた若い住職に頼むと中に入れてくれた。

 公房大師が一刃三礼(いっとうさんらい)して彫ったと言われる、大師像があるという。大師が彫ったそのものだぞ。すごすぎる。

 ただ彫ってもすごく時間がかかりそうだ。それを一刃三礼(いっとうさんらい)で彫ったらどのくらい時間がかかるか。

 すごすぎる。どのくらい時間がかかるものか、と住職にお聞きした。

 やはり弘法大師ですから。とすごすぎる。

 まあ、彼は巡錫で地面を叩くと水が沸いたとかそのような奇跡は山ほどあるが、このようなものこそ奇跡であろう。

 大師十九歳の時に彫ったというが、あちこちにそのような話がある。

 大きな木に彫ったとか。いろいろだ。

 これを見て参考にして京都のお寺が一つレプリカを作りそれを祀ってあるという。 

 京都の東寺に、大師が実際に彫った大師像があると。

 さすが東寺である。京都駅のそば、京都の街中にある。

 実力はただものではない。


 このあと、民宿うらしま に戻る。

 うらしまのおばちゃんがすでにカードで決済されていると思ったというのだ。

 また、小生も鍵を間違えて持ってきていた。


 浦島に戻る。

 お金を払って鍵を返して出発。

 くるりと回ってまた浦島に戻りそこから、あのおじさんが行った山道を行く。

 金剛頂寺。けっこう山の上にある。寺とは山の上にあるものなのかもしれない。「山」とも言うし。

 田んぼの縁が壁で仕切られ水が溜まっているのを見る。

 道路と田んぼがすごく近い。というか、車で脱輪したら田んぼに ジャボン である。

 

 北上する。

 ママが、ふるさと納税でマグロを買った奈半利観光ホテルに行く。

 モネの庭を見る。綺麗である。こちらの花は彩色豊か。

 風が強い。奈半利観光ホテルの人に言わせると今日は寒いのだと。

 ここを見て、また、奈半利観光ホテルに行く。

 ママがマグロを買い足した。子供らに配るという。


 ここを出て12時に神峯寺に到着。

 ここも高い山の上にあり、さらに階段は急峻である。

 しかし、庭園が素晴らしい。

 炎に包まれた不動明王像がある。

 フィリピン戦で亡くなった人のための仏像がフィリピンのお寺にあり、これが、こちらの寺に安置されていると。

 12時50分からここの駐車場にある食堂でうどんを食べた。

 あっさりしていて美味しかった。昨日の夜の天ぷらの残りも食した。

 外で琵琶を食べた。これも美味しかった。


 ここを出て、大日寺へ。南国市。都会である。

 眠くなる。ガソリンも入れた。

 

 セブンイレブンでトイレを借りた。


 大日寺に行く。

 ここも山道を登る。歩き遍路はいちいち山登りをしなくてはいけないので大変だ。

 ここの奥の院に霊水が湧いていた。弘法大師が出した泉で、他が渇水になってもここだけが枯れなかったと。

 わざわざ水を汲んでいる人がいた。我々も飲む。

 飲むとまたトイレに行きたくなり、ここでトイレをした。

 不純なものが出たのかもしれない。


 このあと、竹林寺を目指す。

 近くに国分寺、善楽寺がある。

 ここに行っても良いが、これは岩本寺のあと高速の側だからということで、竹林寺に行く。

 大きな高規格道路があるが、これに乗っていると降りるところを間違ったかかなり行ってしまった。

 しかし、元に戻った。

 五台山という高知市を一望できる大きな山上にある大きなお寺。展望台がある。

 展望台をどうしようかな、と思ったが、竹林寺へ。


 竹林寺は大きなお寺。

 翌日、ゴールデンウィーク特別のお寺のツアーに参加することにした。10時から1時間くらい。

 宝仏殿があるがこれは見られず。でも明日のツアーで見ると。


 このあと、西駐車場から歩いて5分で展望所だというので、歩いて行った。

 ママが顔(がお)っていた。水分不足だと言う。

 展望台からの景色は素晴らしい。高知市が一望できる。

 平べったく見える土佐湾がここだけ妙に凹みがああり良港があるのである。


 ここから今日のお宿の高知屋に行く。

 お風呂に入って、ビール350ml 一本と、日本酒を飲んだ。

 ここのカツオのたたき。ネギが多くてうまし。

 ここのはイキがいいのだと名物のおばちゃんが言っていた。

 おばちゃんは客が食っている間ずっと座っているのである。

 ご飯を食べてすぐに寝た。

 疲れも出るし、7時から動いているから、いささか眠くなった。

 すぐに寝た。

 12時頃起きて、2時まで起きていて、旅行記を書いた。

 メモを充実させる必要がある。


 テレビを見ていたら、また、楽天の三木谷が出てきた。 

 彼は経団連の会長だと言う。だからテレビに出てきて、偉そうなことを言うのだな。

 でも潰れる会社じゃないか。

 中国の会社に今まで集めて個人情報を渡して、資金をもらっている奴じゃないか。

 15年前はすごかったよ。

 誰もやらなかった、まだ、アマゾンも聞こえていなかった時代に、ネット市場を作った。


 しかし、英語を公用語化するという。

 クソバカをやるな、と思っていたら、マスコミは好意的。 

 「楽天すごいぞ」みたいな。

 馬鹿ではないか、と私は言ったが、誰も聴いてはくれなかった。

 「楽天は潰れるぞ」と言ったが

 ある人は怪訝な顔をして「楽天はアメリカプロバスケットの興行権を買った。今は、そのような分野の一流の会社だ」という。

 「それは価値のないものを買わされただけだ」と言ったが、聞く耳を持つ人はいなかったな。

 ビジネスは10年前からそもそも振るわない。

 カードにポイントをつけて煽ってはいつのまにかポイントが消滅するようなことを繰り返していた。

 そのようなビジネスの一本足打法。

 1年ほど前から、楽天が危ない、と言われ始めた。

 アマゾンとの差は広がるばかり。

 焦って、とち狂って携帯ビジネスに参入。

 それでどうなのだ。問題だらけ。


 そしたらテンセントと資本提携。

 タチの悪いやつと組んだものだ。 

 もう終わり。馬鹿なやつだ。

 




 

 

 

 


 

 

 

 



 

 

 

 

 



 

2021年5月1日土曜日

四国お遍路 3日目

 令和3年5月1日(日)くもり 雨 時々晴れ

 今日は6時半にご飯を食べた。

 5時半頃から起きて旅行記などをつけたり、三線を練習した。

 まず泊まっていた、立江寺(りつえーじ)から見る。

 けっこう立派なお寺である。無愛想ではあったが。

 昨日の、お風呂に一緒に入っていた老夫婦はまず、太龍寺へ行くという。ロープーウエイでのぼるという難所だ。

 午後から天気が悪くなるので、という

 山口県から来たという。四国は三回目。

 子供がいるのかいないのか、をママと話し合った。

 

 まず、平等寺に行く。太龍寺はキャンセルの予定。

 平等寺は田んぼの真ん中にある立派なお寺。長い階段がある。

 鐘をつけるようになっていたがスタッフのおばちゃんが

「鐘をついてもよいけど、出鐘(去るときにつく鐘)はダメだよ」という。

そうだ。出鐘は縁起が悪いのである。やめた。


https://youtu.be/yk9Ezf9hELA

 平等寺

 


 そのあと、天気が良いので太龍寺に行こうということになった。 

もちろん、筋の良い小生の発案である。

 旅程は天候によって動くのである。

 ここから30分ほど。

 太龍寺のロープーウエイに10時40分に乗る。

 結構長いロープーウエイ。16分。

 https://youtu.be/Hk20hpFPupc

  太龍寺 ロープ・ウエイ

 山二つ越える。大きな川も越える。

 途中狼とか、弘法大師の像が山の険しいところにあった。

 

 10時55分に到着。また長い階段がある。

 ママが息を切らしていた。このくらいのもので息を切らしてはいけない。

 山寺は結構荘厳である。厳かである。

 今日は、弘法大師入滅の前の日。いろいろ催し物の準備があるそうだ。

 立派な絵が飾ってあるとのことであるが見られず。

 ここで鐘もついた。


https://youtu.be/u8EeqEQuvnQ

 鐘をつく


 帰りにお経の書いてあるTシャツを買った。3着。

 あと寺務所で小さな人形を買った。外来に置くとよかろう。

https://youtu.be/Za6M3axwRoQ

 納経所 で おじさんの 書


 このあと薬王寺。11時45分に到着。

 ここも長い階段があった。


https://youtu.be/4DfKaT7jhCQ

 お金を階段に2段ずつ置いて願をかけるのである


https://youtu.be/9-tpiVYNgdI

 年の数だけ鐘を叩く


 それを登りお参りした。

 眼下に海と町並みを見てお城も見える、見晴らしの良いお寺である。

 ここを降りて1時から向かいのうどん屋でうどんを食べる。

 四国はうどんの本場。おいしい。うどんは四国のソウル・フード。

 というか、丸亀製麺でもお馴染みだから、というと夢がないか。

 ゆずご飯 美味しかった。300円。

 ここまでは天気が良かった。うどん屋で雨が降ってきた。


 ここから室戸岬を目指す。

 昼ごはんを食べると眠くなるので交代交代で運転する。

 室戸岬に近づくにつれて風がすごく強くなり、雨も冗談でないくらい強く降ってきた。

 ママはぐっすりと眠っていたが、途中で廃校水族館があったので、

「廃校水族館ってあったよ」というとガバッと起きてきて行きたい、

というので少しUターンして行った。

 廃校が水族館になったのである。プールにいろいろお魚がいた。

 小さなプールに亀もいた。


 子供の喜ぶところである。

 大きな丸い水槽に大きなカメが動いていて、女の子二人を前に座らせ写真を撮ろうとしている親子がいた。

 亀も動くし、女の子たちも動くので親も苦心していた。

 このような時間もあっという間に足蹴く過ぎていくものであったか。


 次に空海の大きな像があるところに行った。

 写真を撮る。風がおそろしく強い。


 ここを出てすぐに行くと、昔、空海が修行したという洞窟があった。

 中に入れないと聞いたが入られた。

 でも風が強くてすごい。洞窟の中は風がない。

 海のそばにあると思ったら、国道沿いにあって良かった。

 今日みたい日は波がじゃぶじゃぶで危ないだろう。

 でもこんな波ジャブのところで空海も修行などはできまい。

 でも昔ならこの辺まで波が来たのではないか。国道などないし。

 修行は命がけであったのである。

 蝋燭を灯し、線香をあげた。


 ここをみて室戸岬へ。あと10分ほど。

 室戸岬に、最御崎寺 がある。24番である。

 とにかく風が強い。線香や蝋燭は略した。危ないから。

 おじさんもそれでいいよ、と言ってくれた。

 お札を取り忘れた。

 風も強いし、雷も鳴っている。

 波の音かと思ったら雷だった。


 ここを出て、灯台に行こうと思ったらいけず。

 5分くらい歩くようだが、とても天気が悪くて歩けるものではない。

 

 次に津照寺に行く。4時50分であったが行った。

 ひとつ言っておくと35分節約できる。つまり一つの寺を回るのに35分かかる。

 お経を読み上げる、所謂「お勤め」というものに時間がかかる。

 海難者を祀ってあるところ。


 近くに、願船寺 があった。父の戒名 釈願船ではないか。


 ここから、今日の宿泊先である、民宿うらしま に向かう。

 うらしまには、5時頃到着。夕陽が指していて、海が綺麗。

 海の写真を撮るためにグルグルし、ついでにスーパーに寄ってお買い物をした。

 ビール、おつまみ スナック菓子のようなもの。

 そしてママは果物を買った。

 民宿は結構あるが、閉まっているものも多くある。コロナの影響であろう。

 それにしても筋が良かったな。泊まるところ。

 いろいろあったが、うらしま だけが空いていた。

 室戸岬の前にも宿は結構あった。

 あちらに泊まっていたら、室戸岬の2つのお寺を今日、回れなかったであろう。

 廃校水族館のあたりにも宿があった。かなり前だろう。


 到着した。5時45分ころ。

 ご飯は7時。三密を避けるためバラバラにしていると。

 お風呂は男湯と女湯に分かれていて、一人しか入られない。

 隣の部屋の陽気なちょっと酒を食らったように見えるおいちゃんが入っていて入られない。

 ビールを飲んだ。風呂に入ってから飲むともっと旨いのだが。

 そしてスナック菓子を食べた。

 日本酒も飲んだ。土佐鶴(四合瓶)がなくなった。

 お風呂が空いたので入る。

 上がった後、またビールを飲んだ。

 ビールを飲み終わったら7時となり、ご飯。

 マグロの刺身 が美味しかった。 

 ソーメンは食べ放題であると。2杯食べた。

 ここでビールを注文して飲んだ。

 寺の料理よりさすがにボリュームはある。


 このあと、三線を練習した。

 近くに「遍路の駅」と称する、遍路のおやすみどころがあり。

 そこで練習する。電気はない。街灯が頼り。

 ママが、明日の朝ごはんをつけるかどうかと聞きにきた。

 男の人が車道から聞いていた。

 ここでこの時人が寝ていることに気がついた。テントを張っているのである。

 荷物を置いてあるのかと思ったらテントであった。詫びを申し上げて失礼した。

 旅館のスタッフが聞きに来ていたので、場所を移して旅館の隣の休憩所で弾いた。

 3曲くらい聴いてしつれします、と言って引き揚げていった。

 小生はあと3曲くらい弾いた。

四国お遍路 2日目

 令和3年4月30日(金)晴

 今日は5時半ころ起きた。

 というか、その前から目は開いていたが布団の中にいた。

 4時頃から鶏が鳴いていた。

 旅行記の昨日の分の写真をブログにあげた。

 境内を一回りした。そんなに大きくない。

 

 6時半から朝ご飯。

 美味しく頂けた。納豆がないのが残念。


 まず、今いるお寺を見た。六番 安楽寺。

 泊まっている客といろいろ話して情報交換をした。

 結構本格的な歩きのお遍路がいるものだ。

 ここでは当たり前なのだ。

 北海道ではお遍路って何? みたいな調子だが、ここでは当たり前だ。白装束をした人がそこら中を歩いている。

 俺が見たなかに幽霊も混じっているに違いない。

 外国人の男性と日本人の女性がいた。おそらく親子。三人でテントで歩き遍路。山も結構やる人みたいである。このような人は強いな。









 藤井寺に行く。石井先生によく似た人がお札に書いてくれた。

 随分飛んでいるな(番号が飛んでいる)。どういうことだ。と怒っていた。そう言われても困るのである。

 藤井寺から遍路転がしの焼山寺までのトレールが続いている。

 聞くと6時間かかるという。面白そうなトレールである。

 一本杉という大きな杉が途中にあるそうだ。


 ここから焼山寺に向かうことにする。 

 しかしその前に3つの寺を抑える。


 ここから焼山寺へ。長いドライブとなる。1時間半くらい。

 焼山寺は深い森に包まれた良い寺だ。大きな杉の木がたくさん立っている。鐘も撞いた。

 どこも大変に空いているのか。

 ここもすごく広い駐車場がある。

 観光バスが10台くらい止まり、200台ほど車が止まれるスペースがある。

 しかし、車は3台ほどしかいない。

 まあ、そのおかげで道中、渋滞もなく


 ここから帰る。

 途中で有難い場所がありそこで梅干しを買った。300円。


 道の駅 神山 に寄る。うどんは食べず。

 何かちょっと高いような。券売機で券を買うことも四国のうどんらしくない。 この先にやっているところがあったのでそこに行こうと。

 小生はここで、からし と ゆずの味噌を買う。


 先にうどん屋さんが2-3軒あったがどこも閉まっている。コロナか。


 十三番 大日寺を見る。ここの駐車場に韓国の踊りを教えるプレハブがあり、一体なんなのか。

 なかなか寺でもやることがあり大変だ。

 まず、納経所で、帳面に署名をしてもらい、お札一人二枚に名前と住所を書く。着物にもハンコ。

 そして、本堂でお参り。

 観自在菩薩・・・と2分くらいお経を唱えるのである。

 そして、呪文を唱える。

 そして、家族、親戚の名前を挙げて、家内安全、世界平和を祈願する。

 〇〇〇樹、朋〇、〇子、〇〇郎、〇子、き〇し、〇子、〇則、理〇、かいと、〇藤稔、〇藤良子、佐〇〇子、た〇いき と唱えるのである。


 これを、太子堂(弘法大師を祀ってある)のほうでもするのである。

 これが「お勤め」である。


 そのあと、常楽寺、国分寺 に行く。


 国分寺を回ったところで、今日の宿泊するお寺から電話。

 5時からお勤めがある、と。

 間に合わない。


 今日の泊まるところは意外と遠かった。

 十九番立江寺に泊まる。


 ちょっと無愛想なところ。

 寺務所に一人、まかないのおばさんが一人。

 それも夜はいなくなると。

 外出は禁止だと。

 それはよろしいが、無愛想。

 

 境内にも出られないのである。


 ここもたくさんの部屋があるがみな空いている。

 コロナか。


 夜は、冷蔵庫でビール、日本酒を冷やして飲んだ。

 リコカツ も見た。面白かった。

 


 

 夜の9時

 ニュースを見ているが、ワクチンのことで三木谷が出てきてワロタ。

 まだ、意味もなく政府の中枢にいるのだな。

 中国人に肝を握られた男が日本の明日を左右するような場所に出てくるんじゃない。くそ男。

 こいつが出てきただけで、ワクチンはダメだ、と俺は思うわな。


 インド 4月1日には完全に押さえ込んで、ガンジス川でお祭りをした。そのせいかどうか分からないが、感染爆発。酸素が足りないと来た。

 

 一方、アメリカ、フランスは調子に乗っている。

 アメリカはだいぶ良いようだ。

 ワクチンのおかげだという。

 ところがギッチョン。

 ただのピークアウトを過ぎるとこうなる。

 しかし、また増えるだろう。

  今に見ていると良い。また増えだすぞ。

 アメリカは調子に乗っているが、今はロックダウンの状態。

 フランスもそうである。

 ここにインドのN何とか、というのが入るとワクチンは効かないのでまた増えるのである。

 7月にはロックダウンを完全に解除してフリーになると述べている。どうかな?

 それまで持つかな。

 ワクチンはもう有効ではないのだ

 ニュースで最後に国連WHOのテドロス。笑った。

 中国人の忠実な僕ではないか。

 このアホが何を言ってもダメだろうな。

 日本人は馬鹿でお人好しだから、ちょっと前まで国連崇拝主義者が一杯いた。漫画家の かわぐちかいじ もその一人だ。

 しかし、今や国連はお笑い機関。

 いつのまにか中国に牛耳られている。

 China 連合と名前を変えた方が良いと思う。


 ウイルスは、パッと広がるし、凶暴なものもある。

 しかし、みていると1ヶ月くらいで弱毒化されるものだ。

 外国との移動をきちんと禁止して、その間だけその国の中で抑えると良いのである。日本国政府はアホなのでざる入国を許し、インドのN501Yも瞬間的に日本に来てパッと広がった。おかげでゴールデンウィークはどこへも行くな、とか喚かれて閑散としている。

 このような旅行業。あるいは飲食業もこのゴールデンウィークで年の売り上げの30%ほどを稼ぐものらしい。それがパーになった。国の無策のせいでだ。


 今日はテレビにアホの三人衆が出たな。


 三木谷 テドロス バイデン である。

 皆、中国人の僕である。

 バイデンはインチキ大統領。

 ぐるぐる と、ヘイスブック、トイッタ~、アマゾネスはビッグ・テックと言われるが、これらが中国共産党と組んで選挙の関係者を脅すか買収して票をめちゃくちゃにしたのである。

秋のお遍路  令和3年9月21日(火)4日目

 令和3年9月21日(日)晴れ   今日は朝6時に目が開いた。  お風呂に行く。   そのあと、6時40分くらいからもう一度足摺岬に行ってみた。  展望台から眺めてみた。  もう来ることはないであろう。  金剛福寺ももう一度見た。厳かである。  帰って少し寝て7時半になるとママか...